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浄住寺*秋の特別公開*静かな佇まいのお寺に優しい紅葉*

JUGEMテーマ:神社仏閣.

 

11月20日(月)

今秋の京都の紅葉観賞は、特別公開される「浄住寺」拝観と決めて okina と出かけた。

ところが、ちょっとしたアクシデントで、ouna の一人観光になりました。

 

葉室山「浄住寺」は、

阪急嵐山線上桂駅の西1km、山裾にあり民家に囲まれた静かな佇まいの黄檗宗の寺院。

山門から本堂へ上る一直線の参道の苔むした石段。。。

石段を優しく覆うトンネルのようなイロハモミジの紅葉が美しい。

鮮やかな紅葉で石段が染まるのは、まだこれからのようでした。

 

来年は、紅葉が盛りのころに、okina を誘ってもう一度訪ねたいと思った。

 

 

葉室山 「浄住寺」

 

弘仁元年(810)、嵯峨天皇の勅願寺として開創された古刹です。

ご本尊は、釋迦牟尼佛坐像を安置。

江戸時代に建てられた本堂、その後方の位牌堂、開山堂、寿搭など、、、

黄檗宗寺院ならではの中国風の諸堂が階段状に一列に並んでいる。

 

「方丈」は、仙台藩4代藩主・伊達綱村が幼少期を過ごした屋敷を移築したものと伝わる。

方丈内の上下間には「武者隠し」。

床の間の横壁に丸い穴が開けられているのが見られた。

当時は、刺客が来た時に扇の君(綱村の幼名)を武者隠しに控える武士に渡すための穴。

仙台や江戸では、そこから地下道を通って逃げたそうです。

 

そのほか、室町時代の池泉式庭園や狩野永岳筆の衝立「雲龍図」などが見どころ。

(浄住寺の拝観券、リーフレットなど参考)

 

寺の歴史は、戴いたリーフレットを読んでも複雑で、ouna はよく理解できない。

長文になりますが、続きを読む に引用して載せておきます。

 

 

浄住寺 門前から見た紅葉

 

門前から見た紅葉 1

 

見上げるような背の高いもみじが多い。

 

門前から見た紅葉 2

 

 

参道のイロハモミジの紅葉

 

参道の紅葉

 

紅葉に覆われた石段の参道を上った先に本堂。

本堂の写真は撮っていません。入り口に「國祝」の木額があがっている。

 

今年、初公開の寺院拝観に訪れた方々は、石段を上りながら・・・

静かに紅葉を見上げてカメラを向けていました。

紅葉のピークはまだこれからのよう・・・

 

 

参道の青もみじ

 

青もみじと紅葉とのコントラストが美しい。

 

 

境内庭園の亀甲竹

 

亀甲竹の林

 

石段とは別に、本堂へ続く緩やかな遊歩道も用意されていて、、、

緑豊かな樹木、苔むす庭園を散策。珍しい「亀甲竹」に見惚れた。

 

 

方丈の縁先から見る池泉式庭園と諸堂

 

方丈前の池泉式庭園と諸堂

 

室町時代の池泉式庭園。

禅寺の方丈庭園はふつう枯山水であるが、武家屋敷を移築したので池泉式とか。

左から右へ本堂(禅堂)・位牌堂・開山堂・寿堂などが階段状に一列に並ぶ。

 

 

方丈の庭園と堂

 

禅寺らしく、方丈の庭園には鮮やかな紅葉の木は控え目のよう。

 

 

方丈庭園にある苔むした手水鉢

 

苔むした手水鉢

 

 

関連記事:

京都・嵐山の紅葉は〜阪急電鉄「秋の臨時直通列車」で行こう〜♪ 2017.11.24

 

 

紅葉が遅めの浄住寺ですが、更新が遅れている間に、散りもみじ・・・!?

 

 

浄住寺 参拝のおりに戴いたリーフレットから引用。

嵯峨天皇の勅願寺 葉室山 淨住寺

 

当山はもともと、810年に開創した嵯峨天皇の勅願寺です。

釈尊入滅時に捷疾鬼という鬼神が釈尊の歯を一本奪って、これが韋駄天に渡り、更に律宗の祖である中国の道宣律師に渡りました。

それが我が国に渡り嵯峨天皇により淨住寺に安置されたと、太平記に記されています。

当時は「常住寺」と称され天台宗の慈覚円仁が開山で、寺伝では常住寺旧跡・嵯峨天皇仏舎利安置所となっています。

釈尊の歯は現在の浄住寺開山である鐡牛禅師のお墓とともに、一番奥の建物である寿堂の中の石窟に納められており、その石窟の上には今も巨石がおかれています。

1261年に当時の公家である葉室定嗣公により中興されて、現在の「淨住寺」と改められました。

中興開山の興正菩薩叡尊(律宗)が諸堂宇を完成して律宗の有力寺院になりましたが1567年に炎上して後は復興の記録がありません。

1687年に葉室頼孝公により再興され黄檗宗(禅宗)になって現在に至っています。

本尊は、釋迦牟尼佛坐像、再興した開山が大慈普応禅師「鐵牛道機」です。

当時の建物は、「寿搭」「開山堂」「祠堂」「佛殿」「天王殿」「大門」「東方丈」「西方丈」「寶蔵」「禅堂」「斎蔵」「鐘楼」「鼓楼」「庫裡」等が整った、黄檗宗の有力寺院でした。

現在残っている堂宇は、開山堂が本堂兼禅堂として使われており祠堂の一部が開山堂になっています。

その中の現存する「東方丈」は、伊達騒動で有名な伊達綱村が仙台から江戸を経て、綱村が帰依していた鐵牛禅師に寄進したもので綱村(幼名:扇の君)の遺館です。

方丈内の上下間には「武者隠し」があって当時は中に武士が潜んでいて、刺客が来た時に扇の君を中の武士に渡すための丸い穴が床の間の横壁に開けられています。

仙台や江戸ではそこから地下道を通って逃げたそうです。

「寿搭」「開山堂」「祠堂」「本堂兼禅堂」は京都市の指定有形文化財です。

境内全体は京都市指定環境保全地区で、境内と裏山当山所有地は京都府指定風致保全地区です。

 

門前の「葉室山浄住寺」説明板から引用。

葉室山淨住寺 

 八一〇年に開創された嵯峨天皇の勅願寺で、当時は「常住寺」と称した。

「太平記」によると、捷疾鬼という鬼神に奪われた釈尊の一本の歯が中国から日本に渡り、嵯峨天皇により当時の石窟に安置されたと伝えられる。開山は慈覚大師円仁(天台宗)である。

 一二六一年、葉室定嗣により中興されて「淨住寺」と改められた。

中興開山は興正菩薩叡尊(律宗)で、叡尊自叙伝の古写本である「感身覚正記」に当寺が律宗寺院であったことが記されている。

 一五六七年に炎上するが、一六八七年、葉室頼孝により再興され、黄檗宗(禅寺)となって現在に至っている。

再興開山は大慈普応禅師鉄牛道機(黄檗宗)である。

釈迦牟尼佛坐像を本尊とし、諸堂宇が整って黄檗宗の有力寺院となった。

 方丈は伊達綱村の幼少時の遺館であり、現存する寿搭、開山堂、祠堂、本堂兼禅堂は京都市指定有形文化財である。また、境内は自然が多く、京都市指定環境保全地区にも指定されている。

 寺宝として、後水尾帝御宸翰、興正菩薩再建古伽藍図、開山鉄牛禅師語録。鑑真律師伝来飛行鉢のほか多数の幅物、巻軸。器物及び佛像を蔵する。

京都市

 

| 神社・仏閣 | 16:16 | comments(2) | trackbacks(0) |
コメント
少し心配してました。okinaさん大丈夫ですか。
| 藤の花 | 2017/12/03 9:04 PM |

☆ 藤の花さま

ありがとうございます。
okinaは11月20日、梅田駅ではぐれた ouna を探していて、列車に乗れなかっただけです。
携帯を持つのを忘れていて、連絡がつかず・・・
okina は自分の事務所へ行って仕事をしてました。
ご心配をお掛けしました。
| ouna | 2017/12/03 9:28 PM |

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